Once More Please 原点 ~レオ終宴~

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原点 ~レオ終宴~

 僕達は毎日のように歌い続けた。なんのために、誰のために
歌っているのか・・もうそんなこともわからなかった
 いつものように店に入り、いつものように歌い・・それが生
活の中心になり、日常となっていった。
 
 いつの間にか僕達は、練習をしなくなった。ギターは、店の
ロッカーに入れたまま、手ブラで店に通うようになった。相方
との交わす会話も少なくなった。練習をしないから、お互いに
新たに作った曲も、コードだけ渡して、控室でチョロッと打ち
合わせて、ソロで歌って適当に伴奏するだけ、のような曲にな
ってきた。
 聞いてくれるお客さんは確実に増えていったのに、そのこと
さえも喜びを感じなくなってきていた。

 そんなある日、東京から来られてたレコード会社と、テレビ
局の方が「東京に来て、レコード(当時はまぎれもなくレコー
ドでした)を出さないか!」とお誘いをいただきました。
「いつでも連絡して」と名刺もいただいた。「こんな話がある
んやけど、どうする」・・・「・・・もうよかばい

 結局僕達は連絡しなかった。今から思うと、僕達には「歌を
職業にする」とか「メジャーを目指す」とか、そんな目標は最
初から無かった!
ただ、二人で歌ってるだけで楽しかったのが、いつの間にかそ
れが当たり前のことになり、単なるアルバイトになってしまっ
た。そして、その日常が苦痛になってしまっていた。
 
 レオという獣は、何処にたどりつくのか、何を目指して走れ
ばいいのかもわからないまま、ただひたすらに走り続け、そし
て走り疲れてしまった。

ランナー

 お互い卒業が決まり就職先も決まり、タカが実家の九州に帰
る前日まで僕達は歌い続けた。最後の夜は「レオの解散ライブ」
ということで、4時間近くのライブをした。本当にたくさんの
人が来てくれた。大阪からもわざわざ来てくれた人もいた。
一緒に涙を流してくれた人も少なからずいた。
 
 本当に、駆け抜けたという表現がピッタリくるような青春時
代だった。しんどくもあったけど、たくさんの人に出会えて、
やっぱり幸せやった

 その時の想いは、今もずっと胸の中にある。ワンスを始めた
時から、まず人に聞いてもらえるライブをしなければいけない!
たくさんの拍手をもらった時の感激をずっと忘れてはいけない!
そして、楽しく音楽をする・・これが僕の音楽の原点です。
そしてその原点を学んだ場所は、まぎれもなく「レオ」でした。
 
~時はいつでも、いたずらに 僕の腕を、すりぬけてゆく
 ほほをなでてく、そよ風は 二十歳(はたち)の胸には熱かった
  君がいてくれたからこそ 僕は歌えた
  君と歩いた青春だったから 熱き日々を過ごせた
 新しい空に、手を広げ 今飛び立とう~ 

     「別れの時」より                
 
THANKS                        HIRO

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