Once More Please あの日から16年・・・

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あの日から16年・・・

阪神大震災から今日で16年。
あの日の出来事は今でもはっきりと覚えている。

朝の5時30分過ぎに大きな地面からのうなり声が聞こえ、目が
開いた・・直後に大きな揺れを感じ、当時一緒に寝ていて、まだ
小学校へ入る前だった娘に思わず覆いかぶさった。
揺れてる時間がとても長く感じた。

テレビをつけてみるとすぐに地震情報が流れたが、まさかあんな
に大事になるとは知らずに二度寝してしまった。

7時頃に再度起きてテレビを見て、神戸の街が映し出された時、
とても大きな衝撃を受けた。

何もできないけど、何かしなくては・・と思い、町内の人達からいろ
んな物資を提供してもらい、二日後には友人と二人で神戸の街に
いた。

でも、本当になにも出来なかった・・街がこんなになってるのに何も
出来ない自分が、無性に情けなくて悔しかった。

仕事でちょくちょく訪れていた街が、年末にはみんなで忘年会を
開いたあの店が・・無惨なまでに破壊されていた。

帰りに大阪に入ると、普通に吉野家が営業していた。
私達もほとんど何も食べてなかったので、あったかい食事が
すごく嬉しかった反面、あの惨状から少し離れただけでこうし
て日常の光景に戻れる自分にすごく自己嫌悪を感じもした。

亡くなった人の数だけの涙がある・・今もまだ癒えない悲しみや、
埋めることのできない寂しさが、あの街には今もあるのです。

幸いにも私の知人はみなさん無事でしたが、毎年この日を迎えると
あの時の景色が頭に浮かびます。

あの日の悲しみや苦しみを乗り越えてきた人達には、強くそして優しく
生きていただければ・・と願います。

いつか機会があればそんな街に、私達の祈りを込めた「歌」が届けられ
れば・・と思います。

              HIRO
スポンサーサイト
コメント

No title

もう16年なんですね
自分や身内への影響が少なかったため
ついつい「遠いこと」のように感じていました
こうして、その場にいたかたや、その場にかけつけたかたのお話をうかがうと
自分にも何かできたんじゃないか……と悔やまれます

HIROさんは無力さを感じたとおっしゃいますが
きっと「かけつけてくれる人がいる」ということだけで
被災されたかたの心はほんのりあたたまったんじゃないか……と思います

pomu巣さん、ありがとうございます

毎年この日は、被災者の冥福を祈る場面がニュースで流れます。
毎年あの場所で今も涙を流す人達が映し出されます。大切な人を亡くした
悲しみや寂しさは、どんなに時が流れても消えてしまうことは無いんだと
いうことを、改めて感じます。
pomuさんの言葉、すごく嬉しいです。お互いに、大切なものを大切にして
生きていきたいですね。ありがとうございました。
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。